私と読書(図書館育ち) ヨモ
書庫と銘打ったブログを開くのだから、自分がいかにして無類の本好きとなったかを辿り、自己紹介に変えようと思います。
家にはあまり本がありませんでした。
全然ない、というわけではなかったのですが、毎月の小学館の幼児~学年誌と絵本が少々、漫画雑誌は「なかよし」。あとは自分で選んだわけでもない、祖父母が買ってくれた本が少々。中でも一等光っていた、祖父が買ってくれた箱入りの「星の王子さま」。
それらを繰り返し読んでいました。
従って、もっと本を読みたければ図書室、図書館で借りることになります。
しかし町の図書館は遠くて、家族に連れていってもらうしかありませんでした。行くと必ず、貸出上限いっぱいの本を借りて帰ったものですが、子供向けの本はきょうだいの分まですべて1日で読み終わってしまって(そして親から、もっと味わって読めなどといって怒られて)、もっと読みたい、といつも思っていました。
そんなわけで、自分でいつでも借りられる小学校の図書室はとても素敵なところでした。
司書の先生がいるわけでもなく、古くてすっかり色あせた本や、かつて中学校があった頃の名残のような、えらく難しい本が置いてあったりするあの図書室、たまに町の図書館から移動図書がくる(みんなが群がる)新しい本に飢えていたあの図書室で、それでも少しずつ世界を広げていました。
(まだインターネットは黎明期、学校にパソコンは有るけれど、年上の人たちがちょっとしたゲームをやっているのを、後ろで見ているだけ。私にとって、世界を広げるツールにまではなっていなかったのです)
高学年になると、古い文学作品に総ルビと語釈、絵釈が入ったものを、内容はどの程度分かっていたものか、ひたすらに読んでいました。夏目漱石がお札にいたので、とりあえず文学はえらいものらしい、と思っていたのでしょう。
これで漢字の読み方、古い道具の名前(煙草盆とか)を覚えました。
このころ、町には新しい図書館ができ(やっぱり遠くではあったのだけれど)、子供向けの本もずいぶんたくさん新しく入って、いまの自分の根幹につながる作者に出会いました。村山早紀、高楼方子、梨木香歩、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ。この世界に自分が在るということのとっかかりとなった作品たち。そしてはやみねかおるはミステリの入り口となりました。
中学・高校では、司書の先生がいらっしゃって、読書の幅もずいぶん広がりました。ライトノベル、YAというものが定着した時代にちょうど当たっていたようで、物語の海に溺れていきました。萩原規子、時雨沢恵一、森絵都、長野まゆみ、有川浩、京極夏彦、小川洋子。シリーズならトリニティ・ブラッド、彩雲国、まるマなどなど。
あとは、町の図書館でテスト勉強に飽きたら、椎名誠のあやしい探検隊や、中島らもなどを読んでいました。
大学では人文学方面に進み、図書館の書庫を徘徊していました。胡散臭い妄想を、さも学説であるかのように書き連ねた本を読みながら、こんな本でも出版されるのだな、書庫行きやむなし、収蔵されているのが奇跡、と思ったものでした。
このころ、友人に借りて、西尾維新、冲方丁に出会いました。
その後、なんとか社会人になると、自由にできるお金が増えて、今度はよく本屋に行くようになりました。読みたい本を手元に置ける、美しい本を所有できる喜び!
ここで問題なのは、本屋には一度に買える冊数の上限がない、ということ。あるのは財布の中のお金の制限だけ。そして今日置いてある本が次に来たときにもあるとは限らないという事実。そして図書館で身についた、面白そうな本があると片っ端から手に取る癖…。
そうして、今日も家には本が増え続け、積ん読やら読みさしやらの山が形成されています。
(以上の事実から、図書館は決して本屋さんの敵ではない、ということも証明できたのではないでしょうか?)
近年は車通勤であることも相俟って、学生の頃に比べてすっかり読書ペースは落ちていますが、ぼちぼちと感想を書いていけたらいいな、と思っています。