空を見上げて、地に足をつけて歩こう
今回の本;作者 香山 哲
「ベルリン うわの空」 2020年 イースト・プレス
「ベルリン うわの空 ウンターグルンド」以下同上
一人旅が好きだ。二人旅が好きだ。私はとにかく旅が好きだ。国内もいいが、国外の方がより空(くう)になれるので好きだ。私のことを知らない人、私の知らない言語に囲まれながら道端の木の葉のように過ごすのが好きだ。
ベルリンを訪れた際に「ここが好きかもしれない」と思い、でもまだ確信が持てないから「とりあえず」暮らし始めるところから物語(であり事実でもある)は始まる。
行きつけのカフェで出会った人たちと仲良くなりミニ新聞を発行してみたり、街中で見かけるシールの写真を撮ってその謎を解いてみたり。私はその「生きている感じ」にとても惹かれた。
根は張らないまでも、一歩歩くごとに地面と足裏がしっかりとくっつくようなイメージだ。普段足裏と大地の接地を意識しながら歩くことがあるだろうか。自分の歩みがきちんと大地を蹴っているのか意識することがあるだろうか。
「やさしさ」という言葉が繰り返し出てくる。しかしそこに押しつけがましさはない。もちろん、ベルリンの人たちに対してここに描かれているようなやさしさを感じるかどうかは人によって違うだろうが、作者の感じたやさしさの表現が絶妙だなと思う。押しつけがましくなく、でもわかりにくくもなく。
街中の張り紙、ご自由にどうぞと書かれた紙きれ、言葉がわからないからゆっくり話してほしいと言える空気感。ゆるすぎず、力みすぎない生がそこにある。このベルリンという街をどう表現するのがいいのだろう。楽園は違うだろうし、終の棲家も違う。とてつもなく居心地のいい寓居はどうだろうか。
読後は良い出汁の出たお吸い物を飲んだ時のような充足感に満たされる。明確にしょっぱいとか甘いとかは言えないのだが、おいしいということだけは断言できるような、出汁のうまみ。珍しい読後感だと思う。
最後に、私が最も印象に残った部分をご紹介して終わろうと思う。コラムの部分なのだが、ベルリンの街中にはミニ菜園がちらほらあるらしい。人々はそこで野菜を育てる。別に自給自足を目指しているわけではない。野菜を育てるという行為が大事なのであって、収穫量とか出来はあまり関係ない。重要なのは自分で野菜を育ててみること、である。
つまり、できることが増えるとたくさんお金を稼がなくてもよくなる。できることが少ないと誰かにお金を払ってそれをやってもらわなければならなくなる(それが悪いこととは思わない)。
でも、自分でできることは自分でやればお金もかからないし、その為にお金を余分に稼ぐ必要がなくなる。無理をしないとできないことは頼めばいいが、ちょっとがんばればできることなら三回に一回くらいは自分でやってみてもいいんじゃない?とりあえず冬用タイヤの交換は天候さえ許せば自分でやり続けようかなと思うある日の私であった。
by おさいさん